明けましておめでとうございます、しちまるです。
新しい年を迎え、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
新年早々、米軍がベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束し、米国へ移送したというニュースが世界を駆け巡りました。混乱の続く国であっても、一国の指導者が他国の軍事作戦で身柄を押さえられ、マンハッタンの連邦地裁で初出廷する——そんな事態が現実になった。
こうした報せに触れると、正月気分が秒で溶けます。さらに、この件をめぐっては“それっぽい映像”や断片情報も大量に出回り、何が現実で何が演出(あるいは捏造)なのか、輪郭まで揺さぶられた。世界の「線引き」が、静かに、しかし確実に変わり始めている——2026年は不安先行の幕開けです。
問いたいのは善悪ではなく、「どこまでが許される世界になったのか」という線引きの変化です。
……と、眉間に皺を寄せるのはここまで。そんな重い空気をあえて読まずに、嬉しいニュースです。我らが二ノ宮知子先生の『七つ屋志のぶの宝石匣』の最新第26巻が、本日1月13日(火)に発売になりました!ドンドンドン!パフパフ!
©️二ノ宮知子/講談社
最近高騰している地金の話や、西洋の封緘(シーリングワックス)のお話など、注目の話題や二ノ宮先生の趣味丸出しのお話、知的好奇心をくすぐられる珠玉の四篇が収録されています。 どうぞ皆さま、2026年のスタートを『七つ屋志のぶの宝石匣』とともにお過ごしくださいませ。
さて、美しい宝石で心の洗濯をしたところで、恒例の漫画紹介のコーナーです。今回は、先ほどの「きな臭い世界」を読み解くための一冊と、時代背景の“補助線”になる二冊を選びました。
「歴史の終焉」の次は「ドイツ三十年戦争」への回帰だった。
冒頭で触れたベネズエラの件に加え、止まない東欧の戦火。国連が“止める装置”として機能しにくい場面が増え、大国が周辺国を自国の理屈で殴りつける――。個人的には、今の空気は近代というより、現代の国際秩序の起点とされるウェストファリア条約(1648年)以前――主権国家の枠組みがまだ固まらず、国境も流動的で、力が正義として通りやすかった時代――あの「ドイツ三十年戦争(1618〜1648)」への回帰を感じさせます。
学校で習った方も多いと思いますが、三十年戦争は、宗教対立として始まり、覇権戦争へ変質した「拡大する内戦」です。その始まりはドイツ(神聖ローマ帝国)内の宗教対立でした。しかし、そこに周辺の大国が次々と介入し、終わりの見えない「国際的な覇権争い」へと変質していきました。
近代的な国際法がまだ存在しなかった時代の「無法」と、国際法が機能不全に見える場面が増えた現代の「無法」。この二つの時代が、不気味にリンクして感じられます。
かつての三十年戦争は、システムとして“止められなくなった”結果、戦域によっては人口が半減したとも言われます。それはまさに、人類史上もっとも悲惨な「法も人道も届かない世界」でした。
そんな時代を描いた傑作が、昨年完結した『イサック』です。
■戦場の「空気」:『イサック』(全19巻/講談社・原作:真刈信二/漫画:DOUBLE-S・2025年6月完結)
日本から来た傭兵・イサック(猪佐久)が、三十年戦争の欧州を生き抜く物語。彼が海を渡った理由はただ一つ。師の仇を討ち、奪われた特別な火縄銃を取り戻すため、ある男を追ってこの地に辿り着いたのです。
この漫画の白眉は、日本の長筒(火縄銃)と欧州のマスケット銃の性能差を活かした、極めてリアルな戦術描写にあります。射程と精度の違い、装填速度の駆け引き、そしてドライな傭兵契約。さらに、システムが崩壊した戦場で「プロ」はどう振る舞うべきか。そのヒリついた「現場の空気」を吸うなら、まずはこの一作です。
ただ本作は、戦場描写の細密さが圧巻な一方で、現場の視点だけでは「そもそもこの三十年戦争で、誰と誰が、なぜ戦っているのか」が見えにくいのが難点です。
そこで、この難解な時代で迷子にならないよう、二つの視点(補助線)を加えます。一つは、誰がどんなルールで争っているかを示す「地図(構造)」。もう一つは、そのルール自体がなぜ狂っているのかを示す「源流(病理)」です。
■補助線① 構造の「地図」:『神聖ローマ帝国 三十年戦争』(既刊3巻/ワン・パブリッシング・著者:宮下英樹・歴史群像連載中)
『センゴク』の宮下英樹先生による、戦争のシステム解説書とも言える作品。なぜ三十年にもわたる戦争が勃発し、誰も止められなかったのか。各国の思惑と機能不全に陥った統治機構を、俯瞰的な「地図」として理解するのに最適です。昨年11月に出た第3巻で、いよいよ泥沼の深部へ突入しています。
ちなみに、本作の主人公であるファルツ選帝侯フリードリヒ5世は、新教側のリーダーの一人として『イサック』にも登場します。同じ人物が作品によってどう描かれているか、その解釈の違いを比べるのも一興です。
■補助線② 狂気の「源流」:『ハプスブルク家の華麗なる受難』(既刊1巻/講談社・原作:あずま零/漫画:稲谷・マガジンポケット連載中)
舞台は戦争が始まるずっと前、田舎貴族であったハプスブルク伯ルドルフ1世がローマ王に選ばれるところから始まります。なお当時の「皇帝」は世襲ではなく、まず諸侯の選挙で「ローマ王」に選ばれ、さらに教皇による戴冠を経て“皇帝”として完成する――そんな二段階の肩書でした。(この二段階、私も最近まで知りませんでした。ややこしすぎる。)
「神聖ローマ帝国皇帝は選挙で選ばれる」という独特なシステムや、「なぜ田舎の弱小貴族だったハプスブルク家が帝位につけたのか(諸侯にとって都合のいい神輿だったから)」という歴史の綾を、コミカルに描きます。この歪な権力構造こそが、後の大戦の火種。複雑な本編に飛び込む前に、この世界の「前提条件(病理)」を叩き込んでおくための、基礎教養課程となる一冊。
■「終わり」のあと、「衝突」のまえ
かつて政治学者フランシス・フクヤマは、冷戦の終結を見て『歴史の終わり』を宣言しました。民主主義が到達点となり、大きな戦争や体制間の争いは減っていく——そんな楽観です。その後、サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』で、その楽観を否定しました。これからは文明圏の境界線で摩擦が起きる、と。
ただ、2026年の現実は「文明圏どうしの正面衝突」そのものというより、その前段階に見えます。境界が燃える前に、各陣営が“勢力圏の内側”を締め直す局面です。
ロシアとウクライナ、アメリカとベネズエラ、そして有事が懸念される中国と台湾。そこに透けて見えるのは、対等な衝突というより国力の非対称性——大国が周縁を従わせ、縄張りと従属を明確にするための圧力や武力です。衝突の前に起きる、いわば「締め固め」。
境界線での衝突はその後。いま進んでいるのは、境界線そのものを引き直すための地ならしなのだろう、と思います。
■結びにかえて
「歴史は繰り返すのではなく、韻を踏む」――そう言うなら、私たちがこれから迎えるのは「長い30年」なのかもしれません。大国の“懲罰”と、ブロック内部の“粛清”が常態化するほど、「国境は不可侵で、国家は対等で、内政には手を出せない」というウェストファリア的な前提は静かに揺らいでいく。
だからこそ『イサック』の“法が届かない戦場”は過去の異世界ではありません。秩序がほどける時代、最後に自分を救うのは制度ではなく、状況を読む目と腹を括る知恵です。まずは『イサック』で、その空気を吸ってみてください。
ベネズエラの件を、1930年代や19世紀末に重ねる話は見かけました。でも、ウェストファリア以前——三十年戦争まで遡らせる人はさすがにいなかった(と思う)。
ええ、わかってます。強引です。だって『イサック』が好きなんです。ご笑納ください。
そんなこんなで、不安とともに始まった2026年。みなさん、なんとか頑張って生き抜いていきましょうね。そうそう、世界情勢だけでなく最近は地震も多いので——合言葉は「備えよ、常に」ですぞ。
しちまるでした。ではでは〜!













